こんにちは。弁護士の吉村です。
本日も労働問題に関する実務について弁護士としてコメントをさせていただきます。
本日の労働問題のトピックは,本日の労働問題の実務トピックは,【日テレ-女子大生内定取消訴訟】入社を認める和解勧告の理由です。です。
東洋英和女学院大4年生の笹崎里菜さん(22)が日本テレビより受けていた内定を取り消されました。笹崎さんは内定取消を不服とし,日本テレビを相手に東京地方裁判所へ「地位確認請求」訴訟を提起しました。日テレ側は争う姿勢を示していましたが,一転,12月26日,東京地方裁判所で和解勧告がなされたとの報道がなされています。
笹崎さんの代理人緒方延泰弁護士は,「僕らの望んでいる方向に向かっている。年明けにはもしかしたら、僕らの希望する形で解決するかもしれない」「和解協議中なので、あまり詳しいお話はできない」と断りつつ「日テレさんから文書の形で和解案の提示があった」と明言。そして,「なぜすぐ和解が成立しないのかといえば、ひな鳥(笹崎さん)の毛をむしったから何らかの手を差し伸べようというご提案だったから」と比喩を用いて説明。「(日テレから)一定の負荷がかかった形の解決を求められている印象がある。僕らとしてはそういう形は受け入れられない。内定取り消しを撤回すればいいんだろうっていうことでは済まない」その上で「普通(の入社)より温かい手を差し伸べてもらって、優しく抱き上げて巣(局)に戻してもらいたい。我々としてはそういう趣旨の和解を目指している」と述べたとのことです。
「日テレはなぜ一転して入社を認める話をしたの?」「こんなに早い段階で和解勧告がなされることってあるの?」「笹崎さんの弁護士の比喩(ひな鳥の毛をむしる等)は何を意味しているの?」との疑問が出ています。それについて労働問題に詳しい弁護士としてコメントします。
なぜこのタイミングで和解か?
まず,今回の訴訟は,日テレにとっては負け試合となることは明らかである。その点は弊ブログ「日本テレビによる女子大生のアナウンサー内定取消は有効か?」にて詳細に説明済みなのでそちらを参照頂きたい。
敗訴の可能性が高い現状では,このまま訴訟を続けることは日テレにとってマイナスでしかない。
①判決が出るのは約1年以上後。4月1日入社も叶わず,女子大生の人生を「ホステスのバイト歴は清廉性に反する」などという理由で台無しにしたことに社会的非難が高まる
②金銭的負担(長期化するほど,笹崎さんに払うお金は増える。弁護士費用も増える)
日テレほどの大企業になると,②金銭的負担というよりは,主に①イメージダウンの点がマイナスになるだろう。
そこで早期解決を図るためには和解しかない。
和解とは,当事者が譲り合って訴訟を終了させる方法で,裁判上の和解は裁判所の和解調書という公文書にまとめられ,確定判決と同じ効力を与えられる。
なぜ日テレは入社を認めることにしたのか?
日テレ敗訴を前提とした和解は,大きく2つの方向性がありえる。
1つは,①入社しないことを前提とした金銭的解決。
もう1つは,②内定取消を撤回し,入社を認める解決だ。
地位確認訴訟の和解は,95%以上のケースで①の金銭解決となる。
日テレも入社しないことを前提とする金銭的解決を第一に望んでいたはずだ。裁判沙汰にまで発展した社員が入社しても,他の社員はやりにくしい,まさに腫れ物に触るような感じになってしまうからだ。
しかし,今回は②入社を認める方向になっている。その背景には,笹崎さん側が①金銭的解決を断固として拒否していたことがあると推定される。
裁判上の和解は,勝訴側にイニシアティブがある。つまり,今回のケースでは笹崎さんが首を縦に振る提案でなければ,和解は不可能だ。笹崎さんが金銭的解決を拒否している場合,②入社を認める方向での和解しかなかったのだ。
入社を認めても,アナウンス局へ配属させる義務はない!?
実は日テレは,②笹崎さんを入社させる方向で和解してもトラブルは回避できる。
アナウンス局以外の部署へ配属させることも可能なのだ。
今回,日テレが笹崎さんへ出した内定通知書には,「日テレへの入社」を認めることしか記載がない。「アナウンス局に配属され,女子アナウンサーとしての職種を専業する」ということは記載がなかったのだ。
つまり,笹崎さんが保障されたのは「日テレへの入社」までであり,「日テレに入社して女子アナウンサーとして仕事をしていくこと」ではないのである。
そうだとするとどういうことになるか?
日テレは笹崎さんを入社させ,集合研修を受けさせた後,例えば「君は,アナウンサーを希望しているようだが,北海道支局で営業をやってくれ。」などと辞令を出すことも十分可能なのだ
日テレが提示した和解案とは?
日テレは,提示した和解案は
「日テレが行った内定取消を撤回し,4月1日からの雇用契約上の地位を認める。」
という内容であったと推測される。つまり,アナウンス局への配属までは保障していない形での和解案の提案であったのだ。
だからこそ,笹崎さんの代理人弁護士は,「内定取り消しを撤回すればいいんだろうっていうことでは済まない」「普通(の入社)より温かい手を差し伸べてもらって、優しく抱き上げて巣(局)に戻してもらいたい。我々としてはそういう趣旨の和解を目指している」
という発言をしているのであろう。
つまり,
① 日テレが行った内定取消を撤回し,4月1日からの雇用契約上の地位を認める。
② 日テレは笹崎さんをアナウンス局へ配属し女子アナウンサーとしての職務が出来るよう保障する。
③ 日テレは,今回の一連の内定取消騒動について,笹崎さんに謝罪すると共に,笹崎さんが安心して入社して仕事ができるよう環境を整える
という解決まで望んでいるのであろう。
日テレは,懐の深いところを見せるべく,上記①~③の要望を受け入れることもありえる。
つまり,笹崎さんを女子アナとして登用し頑張ってもらうということもあるだろう。今回の一件で良くも悪くも知名度を得た笹崎さんも,ピンチをチャンスに変え,人気女子アナウンサーになることも不可能ではないはずだ。
しかし,日テレは,①は応ずるとしても,②や③まで応ずる義務はもともとないし,笹崎さん側も訴訟を続けて判決を得ても②や③まで保障する判決を得ることは不可能だ。
とすると,笹崎さん側は,日テレの単に入社だけを認める和解案に応じざるを得ないという,勝訴者でありながら苦渋の選択を強いられる可能性もありえるのだ。
このように苦渋の選択となる理由は,労働法では,労働者が使用者に対して自分がやりたい仕事をやらせるよう求める権利を保障していないといことに尽きる。
例外的に保障されるは,雇用契約の最初から職種を特定して契約している場合等に限られ,例えば専門職スペシャリストをヘッドハンティングして中途採用するような場合に限定される。新卒一括採用の女子大生の場合,職種を特定しているケースはまずない。
笹崎さんも内定通知書には「女子アナウンサー」という職種は限定されていなかった。
今後の展開
日テレが笹崎さん側の要望を認めればよいが,入社だけを認めるような場合,笹崎さんは4月以降入社できたとしても,どこに配属されるかは不明だ。アナウンサー以外の雑用をやらされ飼い殺しにされている可能性も大いにある。だとすれば,今回の急転直下の入社を認める和解について喜んでばかりもいられない。
考え方によっては,入社をしない前提で,がっぽり解決金をとって,別の進路を進むという方がよかったのかもしれないのだ。
笹崎さん側は法的に女子アナウンサーにさせることを日テレに強制できないのであれば、事実上の強制をするしかない。つまり、マスコミを利用して、女子アナウンサーにさせないのは酷い、という世論をつくって日テレを追い込むしかないのだ。笹崎さん側代理人のマスコミへの対応はこのような意図がある。マスコミを巻き込んだ論戦が功を奏するか?が鍵になるのかもしれない。
【参考サイト】
・ 新卒の内定取消
・ 解雇で弁護士に相談したい場合なら
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